共通目次3|中之条町|群馬県
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中之条町の歴史

■原始・古代

 中之条町には、縄文時代各期の遺跡が数多く存在します。なかでも名久田川流域の宿割遺跡・下平遺跡・上沢渡の久森遺跡などが代表的です。弥生時代では、有笠山遺跡・伊勢町遺跡などが有名です。古墳時代には、町内の各河川に沿って古墳が構築されています。
 やがて律令国家が成立し、吾妻郡が建置されました。中之条駅南で発掘された銅印と奈良三彩陶片は、東吾妻町大宮巖鼓神社付近と共に、郡衙所在地を想定させます。吾妻郡には、伊参・太田・長田の三郷(『倭名抄』)があり、中之条盆地周辺に存在しました。
 仏教を中心とする吾妻地方の古代文化は、金井廃寺・天代瓦窯跡・市代牧跡などで知られます。


■中・近世

 鎌倉時代には、吾妻郡東部を吾妻氏、西部の三原庄を海野氏が支配し、幕府御家人として活躍しました。吾妻氏は、馬と関係が深く市代牧を本拠として武士化したと推定されます。
 南北朝時代から斉藤姓吾妻氏となり、六代目斉藤基国の代に、西方より入国した武田家臣真田氏に攻略され、その子城虎丸は獄山城に拠ったのですが、永禄8年(1565年)に落城しました。
 天正8年(1580年)、利根・吾妻郡を支配した真田昌幸は、武田・北条の滅亡後も両郡を領有し、沼田藩真田氏の基礎を固めました。初代沼田藩主から五代続いた真田氏は、中之条・原町・伊勢町などの町割を完成させ、市場町として栄えました。
 草津温泉が著名となる化政期以降、四万・沢渡の両温泉も大いに賑わい、沢渡に湯治に来ていた高野長英は、福田宗禎などの弟子を育て吾妻蘭学の基をつくりました。白久保のお茶講(国指定重要無形民俗文化財)・鳥追太鼓(県指定重要有形民俗文化財)など、未曾有の浅間山噴火などの災害の中でも伝承してきました。

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■近・現代

 明治維新は、廃藩置県・地租改正など大変革が続き、文明開化の波が吾妻地方にも広がりました。明治3年(1870年)に廃仏毀釈事件があり、明治11年(1878年)には中之条町に郡役所や諸官庁が設立されました。明治22年(1889年)は市町村制の施行で、中之条町と沢田・伊参・名久田村が生まれました。
 学校教育については、明治5年(1872年)学制頒布、明治18年(1885年)吾妻第三小学校が建立され(のちに中之条町役場となり、現在は中之条町歴史と民俗の博物館「ミュゼ」)、明治32年(1899年)群馬県農学校(現中之条高等学校)が創設され、明治45年(1912年)吾妻軌道馬車鉄道が開通されました。
 大正8年(1919年)は大正デモクラシーの世相の中で、吾妻高等女学校が開校されました。大正末期から昭和初年にかけての不況、続く長い戦争の中で、昭和20年(1945年)吾妻線が開通しました。昭和30年(1955年)町村合併を経て、平成22年(2010年)の六合村との町村合併により、現在の中之条町が誕生しました。

お問い合わせ先
生涯学習課 社会教育係 六合支所
電話:0279-76-3111 FAX:0279-76-3112
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電話:0279-95-3111 FAX:0279-95-3832
メールアドレス kuni-shisyo@town.nakanojo.gunma.jp
〒377-0423 群馬県吾妻郡中之条町大字伊勢町1005 〒377-1795 群馬県吾妻郡中之条町大字小雨577-1

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